零華過去編・第1話
Last Update:2004.8.21



―――――ッ・・・・・・ッ・・・・・・タッ・・・・・・タッ・・・―――――



不気味なほどに静まりかえった建物の中を走る一人の少女。
自分の走るテンポに合わせて鳴り響く音が、更に静けさを醸し出す。

ふと、少女は足を止めた。ここまでずっと走り通しだったのか、息が荒い。
少女は腰に付けた小さな機械に手を伸ばし、まるでボタンの配置云々を全て覚えているかのように巧みに操作する。
まもなく、彼女の眼前にこの建造物の地図が現れた。自分が進んできた範囲だけ、ではあるが。
それだけでも広く、大きいバーチャルで作られたこの立体地図を見て、彼女はある確信を抱いた。

(これだけの広さ、更に地下。研究所なのに人気もいない・・・。間違いない。)

研究所にしては、人の気配が全くと言っていいほどないのだ。
本来多くの科学者が夜通し様々な研究を続けていてもおかしくない。
現在が丑三つ時というのも少しは関係しているだろうが、それでもなにがしかの人の気配はして良いはずなのだ。
それが、ない。これはいわば奇妙なことである。
さらに、研究所にしては広すぎる。地下にあることもまた奇妙だった。
少女は、これを即座に重要施設、と読んだ。

重要な施設の建造や極秘研究はあまり表では行われない。
なぜなら監査や職員外の諜報員などが潜り込んでいたときにこれらの実験・危険性を見せてしまうことになりかねないからだ。
研究者達としては技術を他人に奪われるのは絶対避けたい。さらにその実験を種に言及されれば社会的地位も失われかねない。
なので、企業によって争いが行われていたこの時代は、重要施設は全て隠し、こういった場所で機密実験が行われていたのである。

こういった場所に人が少ないのは、彼女は傭兵生活の中で知っていた。
何度か企業の依頼でこういった所に潜り込んだことがあるからである。
それらの共通点と、この研究所とは見事に一致する。これは間違いなく重要施設だ。
彼女は、荒れた息を整えながらその思案を数秒の内に巡らせた。

そして、再度走りだそうとしたときだった。
背後に、これまでになかった強烈な殺気を感じたのだ。
人の気配は周囲に全くなかった。ということは今まで気配を消して忍んでいたか、今しがた彼女を見つけたか、のどちらかである。
殺気をもった『何者か』は、既に彼女を殺さんと彼女に向かって飛んでいる。

(でも、これは・・・)

彼女は即座に左足を軸に身体を逆方向へ向ける。
その刹那、後ろにいた『何者か』の右手に持っていた武器が空を切る。
刺した場所は、正しく彼女の心臓があった場所である。もしワンテンポでも遅れていたら、彼女は重傷を負っていたであろう。
そして、振り返りながら腰に付けていた刀を抜き、それを『何者か』の首にあてがった。
『何者か』の左手に持っていた武器は、彼女の脇腹に当てられている。
互いに動かない。暫時の緊張状態が続く。

不意に、刀を持った少女の口が動く。

「両方の短剣で標的の心臓を狙うと見せかけて、相手が避けたところを合いの短剣を脇腹に当てて引き裂く、ね。」

それは、まさに『何者か』の狙った手段だった。
たとえ致命傷を与えられなくとも、脇腹を斬れば相手の行動力は落ちる。
そうすればこちらとしてもやりやすくなるし、何より逃げられる心配が大いに減るということである。
その『何者か』はそれを狙っていたのだ。
それを、彼女は一連の動きで全てを読み切っている。これは熟達した傭兵でもなかなか出来ない芸当である。
彼女は、無言の『何者か』を無視して、更に続ける。

「でも、もし今のように返し刃で首や心臓を刺されたら、あなたの負けよ。秋葉。」

返し刃、つまりカウンターで先手を打たれたらおしまいだ、彼女は秋葉と呼ばれた少女にそう言っているのである。
しばらくの沈黙の後、秋葉の口から、笑みが漏れる。

「流石は零華ね。いつもの事ながら冷静だこと。」

零華の脇腹に当てた短剣を離して、鞘に戻す。

「・・・あなたの無茶苦茶加減もね。」

零華の方も、首にあてがった刀を離し、鞘に収めた。
二人は、いつものように顔を合わせて、くすり、と笑った。



「・・・で、よ。」
「分かってる。NSを出して。」

零華の問いをわかっていたかのように、秋葉は即座に返答した。
これを受けた零華は、無言で自分の持っているNSを差し出した。

NavicationSistem、通称NSは彼女たちの雇い主である新興企業ロービル社が開発した任務支援用アイテムである。
ロービル社の技術の粋を集めて開発されたこのアイテムは、2年経った今も他社では研究段階であり、事実上シェアはロービル社が独占している。
他社も開発には力を注いでいるのだがなにぶん研究データが不足しており、元のロービル社のものを解析しようにも仕組みが複雑であったり、独自の言語が使われていたりして解析が進まず、未だに理論ですら組み立てては壊し、と言うのが現状であった。
これは元々精巧な部品や、コンピューター機器の扱いに得意だったロービル社だからこそ実現しえた、とも言われている。

ロービル社はちょうどこのNSの新鋭機の開発中だった。
その研究中の新型NSが、先日世界一の大企業とも言われるアルシエル社の直属傭兵によってデータごと奪われたのだ。
目的は開発途中の新型NSのデータ入手と解析である。
もし上手く事が運べばこれをそのまま新型NSとしてロービル社に打撃を与えることが出来るかも知れないのである。
無論、これが世間に知れたら社の信用が落ちるという危険もはらむが、これまで裏で幾多もの裏工作を続けてきたアルシエル社にはそんなことなど気に留める必要はない。
(現に、過去に数回こういったケースがあったがアルシエル社は強硬な態度と金でもみ消している。)

ロービス社の方はいくつかの製作チームに分かれて製作を行っていたため、元から作り直し、と言うことにはならなかった。
普段なら別に泳がせておいて、後々粛正という手段を取ることも可能であった。
しかし、ロービス社としてはこのアルシエル社の妨害行為への憤慨と厳重な防衛装置を破られた驚き、そして技術力を奪われる事への驚異を放っておく訳にはいかなかったのである。
まず、ロービル社は反企業組織「ユーリアス」と協力して傭兵の所在、依頼を出した会社を即座に特定した。

ロービル社とユーリアスは提携関係にあった。
ロービル社は企業として成り立つ前からユーリアスと軍事・情報などあらゆる面で相互援助し、ロービル社は武器等の提供、ユーリアスは情報提供を行った。
ロービル社が6大企業に数えられるようになった後も彼等は提携を続け、ロービル社は様々な部分で物資提供を続けているし、ユーリアスも独自の諜報能力と高い軍事力でロービル社を後方支援している。
そのロービル社の興亡に関わる重大な事件である。彼等はアルシエル社の卑劣な行為にいつも以上に憤慨した。

その後の彼等の行動の速さには恐るべきものがある。まず、彼等は至る所に網を張った。
その網にかかった情報で、必要であると判断したものだけを選び出し、分析した。
その結果、これがアルシエル社によって依頼されたものと分かるまでに、そう時間はかからなかった。
更に彼等はその新型NSが何処に運ばれたかも突き止めた。それがこの研究所である。

このすさまじいまでの情報収集の速さはロービス社をも驚愕させるものだった。
それだけ彼等の結びつきは深い、と言うことになる。
ロービス社の方は彼等の協力を無に帰すことのないよう、信頼の置ける人物に依頼を出した。
それが、彼女たちであった。

話がずいぶんと反れたが、彼女たちはその新型NSの奪回のためにここに来ている。
秋葉の方は先行侵入して密かにデータバンクにアクセス、所内のマップを手に入れてる手はずだった。
そして、首尾良くデータの入手に成功した秋葉は、零華の元へと戻った、と言う次第である。
しかも、秋葉は新型の研究場所まで突き止めている。これはひとえに彼女用に製作した特殊工作型OSのお陰でもある。

通信が終わった後、零華はNSの時計に目をやる。
2:00。侵入から丸1時間経っている。そろそろ異変に気づくものも現れるはずだ。

「じゃ、ちゃっちゃと任務終わらせちゃおう。」
「・・・そうね。」

零華達は赤く点滅する部屋を目指し、一目散に駆け出した。



事の始まりは、昨日の昼だった。
数日前に受けた依頼も無事に終わり、秋葉と零華は久しぶりに友人達と語らう時間を持った。
いつの間にか秋葉の家庭の居候となった零華も楽しげに談笑にふけっていた。
そして、彼女たちが外に出よう、と椅子を立ったときだった。

「・・・!」

零華のNSに緊急通信を報せる音が発せられた。
緊急通信とは何事だ。零華はすぐさま通信回線を開いた。秋葉がそれをのぞき込む。
いつもなら友人達には回線を開く前に外に出て貰うのだが、何故かそれは秋葉にははばかられた。
妙な胸騒ぎがしたのである。

「はい、こちら零華。」「同じく、秋葉です。」
『エルです。 ・・・あら。』

通信主は彼女達のオペレーターでもあり、友人でもあるエルだった。
オペレーターは依頼の斡旋や下調べ、任務中には傭兵のアシストなども行う、いわば参謀格の仕事である。
そのために、なかなか休みを取ることが出来ず、今日も彼女は社の方に仕事に出ていた。
そのエルからの緊急以来である。よほどのことがあったのだろう。

『なんか、悪いことしたかな?』
「いや、別にそんなことはないよ。」

エルがちょっとばつの悪そうな顔をしたので、秋葉は首を振った。
自由行動と任務は違う。彼女はそれを痛く知っているからだ。
零華達は、数分と経たぬうちに『仕事』の顔になっていた。

「で、どうした?緊急通信とはただ事じゃなさそうだが。」
『えぇ、社の方から零華・秋葉両名あてに本社から緊急の依頼が出ました。 盗まれた研究途中の新型NSを奪取して欲しい、とのことです。』
「なんだって!?」

二人は依頼内容と、エルから知らされた事実に狼狽した。
堅固で知られるロービスのガードシステムを破っての奪還である。おおよそ考えられる事態ではなかった。
二人は自失茫然した、といっていい。
そんな大役は果たせない、と断ろうとしたが、エルは続けた。

『大丈夫、社の方が既に反企業組織と協力して場所を突き止めたようです。後は奪還だけですね。』
「でも、そんな重要な依頼が、何故私達に・・・?」
『忘れたのですか?研究所などのシステムを欺いてまで内部侵入できるのは社内広しと秋葉しかいませんからね。』
「・・・なるほど、な。」

零華は頷く。
確かに、この任務は秋葉無しでは達成できまい。彼女に依頼が回るのは当然である。
さらに、零華自身は登用からずっと秋葉と組んできている。これも依頼が回ってくるのはある意味自然であろう。
加えて、秋葉は工作は得意だがいざ戦闘になると武器の性質上痛手を負いやすい。
そのため、戦闘役として零華が起用されるのも、ある意味では当然の流れだ。
また、これを断ると社としては別の人材に頼らざるをえない。その代理の人材が秋葉達のように事を運べるか。
答えは否である。ロービス社、いや全国規模の傭兵ギルドを探しても秋葉ほどのハッキング能力と、諜報作業に長ける人物はいないに等しい。
そう、いやがおうにも自分たちが受けなければ、成功する可能性は等しく0なのだ。
その思考を、零華は数秒の内に巡らせた。
しかし、その思考はまた零華を絶望に突き落とす様な形で彼女にのしかかる。
だが、断るわけにはいかないのだ。

「分かった、受けよう。作戦開始時刻は?」
『いつでも。しかし社の方は3日以内には奪還に入って欲しいと申請しています。』
「なら、今日未明ね。早いほうが良いでしょ?」
「・・・そうね。」
『分かりました、深夜そちらに迎えをよこします。入念に準備を。
詳細は社から出た正式依頼書をそちらに転送します、それを参考にして下さい。』
「分かった。」

簡潔に言うと、零華は通信を切り、ため息をつく。
過去にあったいくつかの緊急依頼との事例は全く違う。今回は社の興亡に関わる依頼である。
失敗は許されない。果たして自分に成功できるだろうか―――――?

「思い詰めちゃ本当に失敗するよ。それほど深く考えないで。その方が、任務遂行も楽に出来るでしょ?」

深刻な顔をする零華に、秋葉は優しく声を掛けた。
いつもなら「それが出来たらどんなに楽か」と反論するのだが、今回ばかりは違った。
余りにも大きい荷の重さに、それもそうかな、と納得してしまったのだ。
それでも少々の葛藤はあったが、やがて大きく息を吐いた。

「それもそうね。」
「そそ。今の内にまったりしておけば気も楽になるよ。」

そう言って、秋葉は自分たちは聞くべきでないと一旦部屋の外に出ていた友人達を中に呼びにいった。
友人達は準備はしなくて良いのか、と心配そうだったが秋葉はそれをごまかして友人達を安心させ、中に入れてまた楽しく語らい始めた。

(秋葉の強さって、やっぱこう言うところにあるよ、ね。)

先程まで仕事顔だったのに今はにこにこ笑っている。その切り替えの速さに、零華は内心舌を巻いた。


Aliveからはちょっと逸脱した番外編みたいなもの。
零華、そして零華のパートナーである秋葉の紹介、世界情勢などを織り交ぜながら任務の様子を執筆。
表現自体に未熟な部分も多々あるので少し見にくいです(汗
それもあってか書き起こすのにずいぶんと時間がかかってしまいました。

・・・実はもう少し進める予定だったのだけれど長すぎたので一部第2話へ移してます。
無駄に文が膨れ上がるのもまた考え物・・・_| ̄|○
まだまだ成長が足りないなぁ、と痛感しました。


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